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本、漫画、映画のレビューおよび批評。たまにイギリス生活の雑多な記録。
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Posted by - 2024.11.22,Fri
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Posted by まめやもり - mameyamori - 2008.09.02,Tue



 2007年、アメリカ作品。
 アメリカ合州国ヴァージニア州の裕福なインテリ家庭に生まれ育ち、ハーバード大のロースクールも視野に入れうるほどの優秀な成績でカレッジを卒業した青年、クリス・マカンドレス。だが卒業からまもなく、ある日とつぜん彼はすべての貯金を慈善団体に寄付し、愛用の中古車とともに行方をくらました。
 彼の消息がつかめるのは2年後のことになる。ヴァージニアからはるか遠いアラスカ山脈の北麓、打ち捨てられたバスの残骸のなかで、寝袋にくるまったまま息絶えていたのをハンターに発見されたのだ。遺体のそばに残されていた日記には、クリスが2年間、底辺労働で身銭を稼ぎながらヒッチハイクをつづけ、合州国中を旅し、さまざまな人々と出会ったその軌跡が記されていた。カメラはクリスが家族のもとを去ってから死にいたるまでの2年間、何を追い求め、そのはてに何を見つけたのかをたんねんに追っていく。

 こないだ同居人が「たまたまDVDを買ったらすごくよかった」と言っていたので借りて見たのですが、どうやら日本でも一週間くらいで公開されるようですね。傑作!というほどではないけれど、なかなかよくできたロードムービーでありましたよ。





ネタばれは多分、そんなにないと思う……映画サイトのあらすじに書かれている以上のものではないです。ただ映画サイトを事前に見ているか見ていないかで、この映画の印象はだいぶ変わる、とは言えます。


 この『イントゥ・ザ・ワイルド』、1992年にアラスカで遺体で発見された実在の人物について、彼の日記をもとに登山家ジョン・クラカウワーが記したノンフィクション小説『荒野へ』を映画化したものだ。監督は俳優としても知られるショーン・ペン。原作の『荒野へ』は合州国ではベストセラーとなり、日本語にも翻訳されているようだ。

 映画の主題となるのは主人公クリスの理想主義と自然回帰の夢である。『ウォールデン 森の生活』で知られるヘンリー・ソローをはじめ、ジャック・ロンドンやトルストイといった文学をこよなく愛す青年クリスは、将来のキャリアアップのためだけに費やされる毎日を軽蔑し、最後の持ち金であった札束に火をつけて、たった一人の旅を歩みはじめる。

 「もし人の生を理性が支配していないことを認めるなら、人生のすべての可能性は潰えてしまう」

 「彼は2年間地球を歩いた。電話もなく、プールもなく、ペットもなく、タバコもなく。絶対の自由。彼は急進主義者だ。ただこの道だけが彼の故郷であるような、そんな美学にみちびかれた冒険者だ」

 「もし人生で何かが欲しくなったのなら、ただ手を伸ばして掴めばいいんだよ」


 日記に残された言葉や人々と交わす言葉から描かれていくクリスの理想主義は、それじたいとして深遠なるものではない。文学からの引用と生き生きしたフレーズに彩られた文章は繊細な感受性をうかがわせはするものの、クリスの思考は明らかにナイーブで青臭く、現実離れしている。ときには独善的でありさえする。

 じっさい、ノンフィクション『荒野へ』が出版されたとき、このクリス・マカンドレスという青年には多くの批判も向けられたらしい。「変人、未成熟、向こう見ず、社会不適合者、非現実的なまでの自信家」、うんぬん。おそらく日本で言えば、「中二病」とも呼ばれるような、彼の理想主義はそうしたものである。

 だけれども私が思うに、彼の生きざまと思考の旅が多くの人間をひきつけたのは、それが中二病的であった、まさにそれゆえではないだろうか。その若々しい(あるいはガキ臭い)真面目さと、自分自身に対するある種の誠実さ。「成熟」し「社会に適合」した人間になるためには失わざるをえない、「自分が生きている」ことに対する真摯な探求心。中二病はそれを脱した人間から見てみれば、たいてい愚かしく恥ずかしくアホウなものである。しかし、中二病の症状のなかにはごくまれに、人がたんに「考えることをやめてしまったもの」が含まれている。くだらないから、馬鹿馬鹿しいから「考えないことにした」のではなく、容易に答えがえられないことにうすうす気づいたがために、その問いじたいを「なかったこと」にしてしまったものがある。

 クリスの文章や言葉には時折そんなものが見られる。明日のため未来のために計算づくで生きることを否定し、ただ今日と「いま」の経験を生きようとする彼の思想——それも、享楽的で刹那的な「いま」ではなく、つねに生死の緊張のなかに自らを放りこむ、絶えざる野望と挑戦の「いま」。たとえばこうした彼の思考と行動が、多くの人をしてこのクリス・マカンドレスの肖像に「まだ問う事をやめていなかった若い自分」の姿を重ねさせたのではないだろうか。そしてだからこそ、彼の楽天的なまでの誠実さは多くの共感を呼んだのだし、また過去の自分への嫌悪にも似た否定的反応も呼んだのではないだろうか。


 否定的意見にも理解できる部分は大いにある。たとえば「自分が生きていること」を確認するために大自然のただなかに入って行こうとするクリスの思想に見えるのは、「自分」vs「世界」という単純な二項対立であって、そこには「自分」の生を背後で支える社会や歴史への批判的考察が欠落している。だけれども、もし自分をとりまく社会の価値観を否定したい、それに抗いたいと思うならば、その社会にバイバイと手を振って逃げ出すだけではダメなのだ。

 それでも、いいなと思う点がある。じつのところ映画の中心的な主題となっているのは、クリスと両親との確執だ。彼がすべてを捨てるその起点の部分には、自分の家族を二十年以上も支えていた「嘘と偽善」にショッキングなかたちで遭遇した、その失望がある。生きること、人と関わることに対するクリスの世捨て人主義に、家族との確執が影響していたことに疑いはない。だが、映画はそれをていねいに描きつつも、「彼の理想はつきつめれば家族との関係の問題でした」というような、安易な心理学的還元をおこなわない。映画としての誠実さを感じる部分だ。
 
 この物語は、実はとても皮肉なプロットとして形づくる事もできたと私は思う。自然のなかにある喜び、そして世界のなかにある喜びは、「誰かとわかちあって初めて本当のものになる」。クリスが日記にそう書き記したとき、もうすべては手遅れだった。人の世に帰ろうとした彼を待ち構えていたのは、彼に喜びを与えた美しく雄大な自然が、いまや逃げ場もなく彼を手の中に閉じ込め、情け容赦なく死のふちへと追いつめていく、そのさまだった。

 それでもこの映画から暗い皮相さはまったく感じない。そのトーンは明るく優しさに満ちている。それは彼が旅のなかですれ違う人々が、どれもあたたかい視線のもとに魅力的に描かれているからだろう。さまざまな問題や孤独を抱え、どうしようもなく頑固だったりするその「脇役」たちとクリスとの交錯は、みな味わい深い。

 私が思うにこの映画の最大の問題は、そのストーリーテリングの手法にあったのではないだろうか。この映画はクリスが大学を卒業して旅に出るところから始まり、彼の死でもって終わりを迎える。じっさい、このDVDを貸してくれたフラットメイトはクリスが死ぬという結末を知らないで見ていたという。クリスの旅を時系列で追って行くような作品の作り方は、そういう観客にもっとも訴えるものになっていたと思う。
 だがあらゆる映画サイトのあらすじを見ても、その物語の「結末」は最初から記されている。彼は1992年、アラスカで「遺体」で発見されたのだ。そしてそれは、クリス・マカンドレスという青年の存在が世に知られ、原作『荒野へ』が出版され話題になったときに、誰しもが最初に知ったことのはずである。
 だからこそ、本来なら物語は「結末」から始まらねばならなかったと私は思う。彼の旅を時系列で追うのではなく、彼の死から始まって、時間軸を「いま」から「過去」へとズラしながら彼の生きざまと経験とを点々と描いていくような手法であれば、この映画はもっとオリジナルな作品になったのではないか。たとえ原作のプロットに従わない形ではあっても、そこが監督の力の見せ所だったのではないかなあと、そんなふうに思うのだ。



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