本、漫画、映画のレビューおよび批評。たまにイギリス生活の雑多な記録。
Posted by まめやもり - mameyamori - 2007.03.15,Thu
・・・さて、文庫版第4巻なのだが、実はこの巻に関して言えば、あまり語ることがない。とはいえ、つまらない作品ばかりが収録されているというわけではない。中東のある国の大使館で働く混血の美青年と巷を騒がす泥棒事件の関わりを描いた「ウォールワース君の休日」や、女にふられてすっかり人間不信になり、雇い人を夜だけしか働かせないお貴族君が、もう一度、だが月の妖精に恋をする話を描いた「月の階段」などなかなかよろしい。全体的には雰囲気の良い佳作が並ぶ巻なのだ。だが一方で、これといって印象に残る作品もないのが事実。仕方ないので今回に限っては、バジル氏の文庫版全巻の巻末に付されている南條竹則氏の解説にふれることにしたい。
イギリス現代文学の翻訳家でもあり、作家でもあるというこの南條氏、わたしは彼の訳本も小説も読んだことはない。だがこの解説を読んでいる限りでは、幅広い教養をそなえたプロなのだろうなあと感じる。各巻の解説はたった5ページ足らずで、独創的な読みや批評を展開しているわけでもないが、どれも漫画巻末解説としての適度な節度で、本編にちょっとした奥行きを添えているように思われる。
それぞれの解説は、イギリスの近代文学作品をいくつか紹介しながら、それを通じて収録作品に関連するイギリスの社会文化を伝え、補助的な背景知識を読者に与えるものだ。それも「どーでもいいよ」というマニア蘊蓄ではなく、それじたい興味深い読み物で、かつ文体はとても簡易というところが良い。たとえばこの4巻の解説を見てみよう。この巻には「美食の報酬」という作品が収録されていることから、解説も英国の食を題材にして書かれている。
いやあ本当に食欲をそそりますよ。この直前には、「食べ物のおいしさを絵にあらわすことは至難の業だが、坂田靖子はそれを味わう人の心境や腹の減り具合を表現してそれをやってのけている」という趣旨の文章があるのだが、文章でうまいものを表現するのだって簡単ではないと思う。とくに食べ物そのものを書いた文章表現って、書き手の自己満足になっちゃって別に読者の食欲をそそらないものが多い気がする。だが、上の文章はシンプルに食材を羅列しながら要所要所に小粋なフレーズを挿入することで(草の芽で育てた羊、柳の籠に入って送られてくる鶉など)、想像力を喚起する文章になっているんだろう。というかもとの文章が面白いんだろうな。
さらに南條氏の解説では、『バジル氏』世界の甘いプロットとも距離をとった姿勢が見られるところがいい。第5巻の解説では、当時のイギリス社会がそんなにロマンチックな世界ではなかったときちんと釘をさしている。ビクトリア朝期の中・上流階級社会における性倫理は、それはそれは厳しいものだった。そこにおいては、階級を超えた恋が実ることも、一度「身をもちくずした」女性がその後生きる道を見つけることも、まず考えられなかったと彼は書く。だが、その点で坂田靖子をゲシゲシと批判するのではない。彼女がつくりあげた架空の世界から一定の批判的距離をたもちながら、それでいてそこに描かれた「常識に縛られない人々」の生命力、魅力を語るのである。まさにこのへんが、この人は解説というもので何が求められているのかをよくわかっているんだなあと、わたしが思う次第なのである。
文庫化された漫画に解説が付くことは珍しくない。だが、「ああ、良い解説だな」と思えるものが少ないのはまことに残念である。率直に言って、「この解説が付いたことで明らかに本としての質が落ちている」としか思えないものが8割方を占めるのではないだろうか。その一例が、萩尾望都の『訪問者』(だったかな)かなんかについた、折原みとの解説である。「誰も信じてくれないけれど、明らかに私は萩尾望都に影響を受けた」とか書いているあたりは、笑止千万を通り越して呆れるしかない。そりゃ信じないよってかそれを言い切るあんたの厚顔無恥さが信じられないんだよ!乙女チック商業作家が悪いと言ってるんではない。やるなら勝手にどこかでやればよろしい。ただいやしくも一人の作家ならば、せめて、見てる世界と創造性と表現力において、自分とほかの作家の間に天文学的数字の距離が開いていることを自覚してほしいものである。てかこの人いまどうしてるんだろう。さすがにもう売れてないと思うんだが。
少し話題が逸れたようだ。つまるところ、文庫漫画の解説がそれだけ惨憺たるありさまであるなかで、このバジル氏の解説は、漫画本体にちょっとしたスパイスを添える、良い意味の例外だと思われるのだ、というお話なのです。
イギリス現代文学の翻訳家でもあり、作家でもあるというこの南條氏、わたしは彼の訳本も小説も読んだことはない。だがこの解説を読んでいる限りでは、幅広い教養をそなえたプロなのだろうなあと感じる。各巻の解説はたった5ページ足らずで、独創的な読みや批評を展開しているわけでもないが、どれも漫画巻末解説としての適度な節度で、本編にちょっとした奥行きを添えているように思われる。
それぞれの解説は、イギリスの近代文学作品をいくつか紹介しながら、それを通じて収録作品に関連するイギリスの社会文化を伝え、補助的な背景知識を読者に与えるものだ。それも「どーでもいいよ」というマニア蘊蓄ではなく、それじたい興味深い読み物で、かつ文体はとても簡易というところが良い。たとえばこの4巻の解説を見てみよう。この巻には「美食の報酬」という作品が収録されていることから、解説も英国の食を題材にして書かれている。
平田禿木という、夏目漱石と同時代の英文学者が、古い英国の旬の食材を紹介した文章があります(「古英国卓上暦」)。それによると、まず四月初め、復活祭の頃には、草の芽で育てた羊や、魚の鰈、鵞鳥や七面鳥の雛、子豚の蒸焼きが珍重される。四月、五月は(...) チョウザメの蒸焼きが、金を惜しまぬ美食家の食卓を飾る。
五月の末から六月の初めにかけて、遠い西インドの島々から海亀が運ばれてくる。その背肉、腹肉をスープにするが、肉をステーキにして、溶かしたバターと唐辛子にレモン汁を添えて食べるのが一番通好みな食べ方らしい。(...)
七月八月は、鶉が柳の籠に入ってフランスから送られてくる。(...)食後の果物にはパイナップル、メロン、桃、桜桃、葡萄、すぐり、グズベリー、ラズベリー、はしりの林檎や梨。(...)_
どうです、なかなか食欲をそそるではありませんか。
いやあ本当に食欲をそそりますよ。この直前には、「食べ物のおいしさを絵にあらわすことは至難の業だが、坂田靖子はそれを味わう人の心境や腹の減り具合を表現してそれをやってのけている」という趣旨の文章があるのだが、文章でうまいものを表現するのだって簡単ではないと思う。とくに食べ物そのものを書いた文章表現って、書き手の自己満足になっちゃって別に読者の食欲をそそらないものが多い気がする。だが、上の文章はシンプルに食材を羅列しながら要所要所に小粋なフレーズを挿入することで(草の芽で育てた羊、柳の籠に入って送られてくる鶉など)、想像力を喚起する文章になっているんだろう。というかもとの文章が面白いんだろうな。
さらに南條氏の解説では、『バジル氏』世界の甘いプロットとも距離をとった姿勢が見られるところがいい。第5巻の解説では、当時のイギリス社会がそんなにロマンチックな世界ではなかったときちんと釘をさしている。ビクトリア朝期の中・上流階級社会における性倫理は、それはそれは厳しいものだった。そこにおいては、階級を超えた恋が実ることも、一度「身をもちくずした」女性がその後生きる道を見つけることも、まず考えられなかったと彼は書く。だが、その点で坂田靖子をゲシゲシと批判するのではない。彼女がつくりあげた架空の世界から一定の批判的距離をたもちながら、それでいてそこに描かれた「常識に縛られない人々」の生命力、魅力を語るのである。まさにこのへんが、この人は解説というもので何が求められているのかをよくわかっているんだなあと、わたしが思う次第なのである。
文庫化された漫画に解説が付くことは珍しくない。だが、「ああ、良い解説だな」と思えるものが少ないのはまことに残念である。率直に言って、「この解説が付いたことで明らかに本としての質が落ちている」としか思えないものが8割方を占めるのではないだろうか。その一例が、萩尾望都の『訪問者』(だったかな)かなんかについた、折原みとの解説である。「誰も信じてくれないけれど、明らかに私は萩尾望都に影響を受けた」とか書いているあたりは、笑止千万を通り越して呆れるしかない。そりゃ信じないよってかそれを言い切るあんたの厚顔無恥さが信じられないんだよ!乙女チック商業作家が悪いと言ってるんではない。やるなら勝手にどこかでやればよろしい。ただいやしくも一人の作家ならば、せめて、見てる世界と創造性と表現力において、自分とほかの作家の間に天文学的数字の距離が開いていることを自覚してほしいものである。てかこの人いまどうしてるんだろう。さすがにもう売れてないと思うんだが。
少し話題が逸れたようだ。つまるところ、文庫漫画の解説がそれだけ惨憺たるありさまであるなかで、このバジル氏の解説は、漫画本体にちょっとしたスパイスを添える、良い意味の例外だと思われるのだ、というお話なのです。
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Please excuse my poor English -- I am still under training
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